October 08, 2007

名前をめぐって

また1ヶ月以上あきました・・もはや月刊を通り越して季刊になっているような気もしますが・・・・しばらくはこんな調子でいきます^^;。

7,8,9月と短期間でプライベートのレッスンを受け持っていた韓国人の奥様(ご主人は在米韓国人でアメリカで結婚、今はご主人が日本支社に駐在中 在日2年目)のおはなし。

中級をだいたい終えている方で、かつ、韓国・アメリカ・日本の3つの社会を経験、かつ年齢も近く、加えて自宅でのレッスン、ということで話は日韓の社会・文化とか家族観とか・・・レッスンを忘れて話がつきず・・

私がどうも韓国の名前の感覚にひっかかっていることもあってか、(過去にもいろいろ書いてました)彼女の経験も含めて話は「夫婦別姓」についてへ

知っている方も多いと思いますが、韓国は夫婦別姓で、子供は父親の姓を受け継ぐ。私の知り合いの方(日本人・韓国人と結婚)で、「子供と苗字が違うのが寂しかった。家に一人だけ入れない感じがした」という話を聞いたことがあったので、そんな話をしたり、反対に、今日本で立法化しようとしている「夫婦別姓」の法律の背景を話したり・・・苗字一つとっても深いよねぇ・・と話す。

ちなみに彼女は別姓をとらず、ご主人の姓(「moon」(ムン)さん)を使っているので、これはやはりアメリカ社会の一員となるための強い決意の表れかしら、とか、在米韓国人のアイデンティティとは・・・などとあらぬ方向に思いをはせて、理由を聞いてみると

M:自分の苗字でもよかったけど、韓国人の苗字はアメリカ人はどうせ読めないし、覚えられないし・・・夫の苗字は「moon」で、英語の単語にもあるし、すぐ覚えてもらえるから!

とあっさり。

この「韓国人の名前は外国人が呼びにくいから」、という理由で、突如「アンディー」「アーノルド」とかが発生するわけですが、この理由、けっこう浸透していますね^^;。神妙に二人で夫婦別姓とは、と話し合っていた時間はなんだったんだ、という気もしますが。

名前つながりでもう一つ。ジュンパ・ラヒリ『その名にちなんで』。著者はインド系アメリカ人の女性で、前作『停電の夜に』は、とある先輩に「たぶんかなり好きだと思う」と薦められて、ぴったり!はまったので(こういう風に好きな本を教えてもらえるのは、すごく理解してもらえてる感じがしてうれしい)、かなり期待して買っておいて、もったいなくて読めなかった本。(もうずいぶん前に出版されているので古い話になってしまいますが)

移民というその視点のせいか・・、なんか状況を傍観してしまう感じ、それを心情の吐露(そうするとたんなる私小説になってしまうけれど)という感じじゃなくて、目に映った情景を淡々と並べて描いているだけなのに、なんだか染みてくるのはなぜなのか・・。

ひょんなことから「ゴーゴリ」と名づけられた男の子(インド系アメリカ人)が、名前を恥ずかしいと思ったり、隠そうとしたり・・そんなごろごろとした違和感が、大人になっていく過程で少しずつ見えない速度でひずみを生んでいくお話。(うまく整理できていないのですが・・・)

この「ゴーゴリ」君の繊細なココロは、さきほどの韓国の名前観ではどう読まれるのかな、などとも思いもし・・。名前のこと・・・興味尽きず、です。

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August 25, 2007

その間びっくりしていたこと

8月も半ば・・・4月から書いてなかったのでもう4ヶ月も書いてなかったことになります。早い・・・。韓国にいたときに比べてPCに向かう時間が少ないからか、日々のことに追われていたからか、ブログを書くことも見ることもなんとなく放っておいてました。。。が、なんとなく気づいたことぐらいは書いておこうとも思い、記憶を頼りにメモとして残しておきます。

2月に帰ってきてはや半年。その間韓国に行くこと1回、Jさんが来ること1回。Jさん来日にあっては本人も家族も緊張していたみたいなんですが、どう考えても「日本語学習者、ホームステイに来る」といった感じで「これが『すし』よ」「これがお風呂よ。ゆ・ぶ・ね、わかる?」と家族中で熱がこもった指導をしていておもしろかった。

母としても「男の子の家族」が初めてなのに盛り上がり、歯磨き用のこっぷを準備するにあたって、「なんかブルー系の買うのってはじめてかも。ちょっとうれしい・・・」と妙に男の子っぽいのを買いながらかわいいことを言っていました。みんながこうやって「あたらしいこと」を楽しんでいけるといいですね~。

さて、みんなの緊張をよそに、私としては、「初日本」ということで、どんなものにびっくりしてくれるのかな、彼の目にはどんな風に写るのかなと期待していました。とりあえず気になったものを写真に撮って、とカメラを渡したところ、以下の3点。

「自転車置き場」

Sany07982

↑理由:「自転車が大切にされているから」

「貯水池」

Sany08012

↑理由:「こんなところに水があるとは思わなかったから」

「道路の・・・」

Sany07892

↑理由:「道路が命令している。。。韓国の道路は命令はしない」

けっこう観光地なども案内したつもりだったんですが、そんなものは気にもとめず(本当に一枚も撮っていなかった)、こんなものを見ているとは。特に道路が命令形であることには妙に反応していて、「命令形」って名称そのものを考える必要があるのだなあ、とこっちのほうが変に考えさせられもし・・・

・・・・まあこの調子で今後とも自分なりに日本を楽しんでいってほしいものです・・・。

反対に私が韓国に行ったほうはというと、慣れている風景もなんだか少し違うようにも見え、なんとも不思議な感じでした。もうぜんぜん知らないところのようにも感じるんだけど、行く方向とか行き方とかは足がしっかり覚えている、というような。でも、1週間ぐらいの滞在で、よく知っているところなのに、3回ぐらいぼーっと乗り過ごしたり、乗り間違えたりしていたので、相当浮ついた気分でいたのでと思います。あとは「ビビンネンミョン」(辛い冷麺)が食べたくなって三日連続一人で食べに行った自分にびっくりし、久しぶりにあった友達の日本語にますます磨きがかかっていて、何かの話で「ほんと溜飲が下がったわ」と言われその語彙にびっくりし(日本でもそんな語彙ずいぶん聞いていない。恐るべし韓国人日本語学習者・・・)、仲のよかった先生とこれは話し足りない、と2日に分けて会ったことにもびっくりし・・・行ってしまうと韓国ペースのうずに巻き込まれ、自分で漕がなくていいというか、流れに身を任せるのみ、っていう環境が「流れるプール」状態で気持ちよくもありました。もちろん、住んでいた当時は、この「流されっぱなし」に「ところで、ここ、どこ?」という状態になることもあったし、逆らおうとして力尽きるなんてこともあったので、期間限定の楽しみの部分もかなり入っているのでしょうが。

・・・と書き始めたらけっこうありました。日本に来たときも、それなりにびっくりしていた記憶はあるんですが、色が薄いという感じで、やはり韓国の色は濃いな~とも感じます。この、どちらにいても傍観する感じはしばらくは続いていくのかな・・・。

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April 23, 2007

はなしのポイント

4月から とある大学で興味のある授業をいくつか聴講しています。大学生に混じってみると、思わず年齢差を実感してしまったり、선생님(先生様?)の国にいたものとしては、「ええ?先生にそんなフランクでいいのですか!?!?」と勝手に動揺してしまったり、なんだか無駄にエネルギーを使っている感もあるんですが・・・

その授業の中の一つは「日本語学概説」。学部時代に自分のいた大学でとった授業でもあり、今さら?という感もあるのですが、学部時代の先生が生成文法大好きで、樹形図をノートいっぱいに書いて1学期終わったこともあり^^;、どうも何か取りこぼしがある感が残っていたので、一回すっきりしとこうと、行ってみることにしました。

もう一つ。その講義担当の先生が中国語との文法の対照研究で知られている先生でもあるので(この方のこといちどかいたことありました↓)、対照の目を持っての概説ってどんな感じだろう?と覗いてみたくなったのでした。

大人数ということもあって、学生にタスクをやらせることもなくひたすら講義。ちなみにこの講義は土曜日の集中授業なので、3時間ぶっ通しの授業です。久しぶりの階段教室での授業です。音声の面や、語彙の話、中国語の話をぽろぽろと出してきてくれるからこそ、すっと入るところもある。ちなみにこの先生、奥様が中国人の方なので、中国語の話を持ち出すとき、奥様の話を経由することが多くもあるのですが。

こういう先生が中高の国語の文法の時間に話しをしてくれたら、もっと面白いんだろうなあ・・とぼーっと3時間聞いていました。授業が終わって、非常に基礎的な部分だけど、本質的なことを話しているなあ~、3時間熱く喋りっぱなしで先生、疲れるんだろうな~などとぼんやり思いながら教室を出てくると、

同じく教室から出てきた女の子たち、

「この先生、本当に奥さん好きだよね。 

でさ、昼何食べる?(以下昼ごはんの話へ)」

・・・・。

3時間熱弁を奮った感想が、これか・・・。そのほか授業に関しては一切言及なしか・・・。

日本の先生、やっぱり大変かも^^;。(韓国もそうなのかな?)でもまあ、聞き手に伝わってるのはこれぐらいと見積もっておいたほうがいいのかな。そういえば、日本の先生、「こんなこと話してつまんないだろうけど」「先生は年とってるからもうわかんないけど」みたいな話がやたらと多いような・・・。それが、距離を近づけるための標識みたいなものなのかな・・・。

・・・・と私のほうも、授業の本質とは違うところに思いを巡らせながら、来週も先生の3時間の熱弁と、学生さんの反応に期待。

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April 16, 2007

久しぶり―!の次

院生時代(韓国に行く前)の韓国人の友達Jさんと久しぶりに会ってきました。

Jさんには韓国に行ってからも、特に初期はいろいろな面でお世話になり・・・、いい友達にも引き合わせてもらったし。日本にいたときよりも、やっぱり韓国に行ってからのほうが、共通項ができたと言うか、仲良くなれた気もします。

もう日本生活もかなり長くなってきたJさん。もう日本語はぺらぺらだし、韓国語が出て来ないということすらあるらしい。

さて、久しぶりの再会は、馬場の駅だったのですが、雑踏の中での第一声。

J:久しぶり~!

そして、その次は

J:あれ、やせた? (いや実際は日本に来てかなり太ったと思うが)

この久しぶりの次の言葉で、私としては韓国に戻された感じでした^^。なんか懐かしい、これ!という。というのも韓国の友達に会うと、まず出てくる言葉が大体こんな感じ。(ひじあたりを触りながら言うこと多し)

例:久しぶり―!あれ、太った?/痩せた?

久しぶりー!あれ、髪切った/その髪、○○だね (あんまり似合わないね、とかも可)

久しぶりー!あれ、その服/かばん/帽子・・・、○○だね

・・・と、久しぶりの次は、外見について一言呈す、という感じだったのでした。韓国にいたときに、ちょっと気になって、待ち合わせのメッカみたいなところで、約束している人々を観察してみたことあるんですが、女の子たちの会話はだいたい上のどれかに入っていて、まず外見について、一言、だったような。

日本語ぺらぺらの韓国人に囲まれていた韓国生活でしたが、いくらぺらぺらの日本語で話しても、こういった話の展開は、やっぱり韓国式だったりするんですよね。それはかならずしも直さなきゃならないわけではないことだとも思うし。逆に、その展開の仕方に慣れてしまった私としては、日本の友達に会うとき、「久しぶり―!」のあと、あれ、なんて言うのが普通だっけ?と思うことも。(本当に日本語式だとなんと言うのがいいんですかね!?)

ここのところ院の生活に疲れ気味だったJさん、日本の大学院って・・!と吐き、私もでもさ―韓国だって・・・!と吐き、お互いを知っているからこそ、わかるところが多いし、結局どっちもどっちなのね、と妙にすっきりした気分で別れたのでした。

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March 19, 2007

バランスを保つ・崩す

2ヶ月近く間を空けてしまいました。

無事日本に着いています。

帰国の際は、ほんとうにいろいろな人にお世話になりました。帰国前の数週間、たくさんいろんな話に付き合ってくださった方々、温かく送り出して(?)下さった方々、ほんとうに感謝!です。それから、帰ったら連絡します、といっていたのに、帰国後の報告もままならない状態でごめんなさい。

帰国してもう1ヶ月以上たちました。最初の一週間は、事務的な手続きが多かったせいか、(役所関係が多かったですが)システムが整っているってすごい・・・、と細かいことにいちいち感動していました。「役所の人でも、人によって言うことが違う」という状況に長年いたせいでしょうか・・・^^;

次は、逆にそのシステマティック加減がえらく表面的に見えたり、お店のサービスの過剰さにびっくりしたりしていました。ちょうどその時期に韓国の友達がはやくも遊びに来ていて、彼女も言っていたのですが、お店で年配の女性がえらく丁寧に対応してくれると申し訳なくなってしまう、と。韓国のおばさんの親切さは、肩ばんばんたたきながら、おかずを多くしてくれるとかそういう感じだもんなあ。。

韓国語が聞こえてくると、反応してしまったり、今までたいして気にしてなかった、韓国のニュースとかも急に見出したりして、日本にいると急に「韓国にいました」っていう変な自己主張が騒ぎだすような気がします。韓国にいるときっと逆のことが起こるだろうし・・韓国と日本の中間にいる感じ。これはこれからもずっと続くのでしょう。

さて、そうこうしているのに、実はわたしにとって帰ってから一番大きい出来事でもあったのですが、今まで祖母の介護に多くの時間を費やしていた母が、耳鼻科がらみである症状が出てしまい、突然入院するこということが起きました。その前日まで介抱のために祖母の病院にいっていた人が、次の日には急遽自分が入院することに。「リハビリ」とか「コウイショウ」とか想像もできなかった言葉が先生の口から飛び出して私もくらくらしたので、本人はもっとだと思います。

離れていた4年間、表面上は何も変わっていないように見えたのですが、少しずつ変化は起こっていて…、一緒に生活して日々送る信号というのはやっぱりあるんだなあ、一緒にいないとやっぱり受け取ってあげられないものなのかな、どうなんでしょう。

元気であることは、ほんとうにぎりぎりのバランスを保っていて、成り立っていたのだなあ、と遅ればせながら実感です。バランスを保っていることのほうが、すごいことなんだなあ、と。そのバランスは本当に簡単なことで崩れてしまう。介抱する側もされる側もほんとうに隣りあわせで、ちょっとした拍子に逆転してしまったりもする。

病気自体はたいしたことないので、ここまで深刻になることはないんですが、なんだかこれをきっかけにいろんなことが頭を巡ってしまいました。「なんで日本に帰ってきたのか」というのは、いろんなときに考えるのですが、今回のことも、居合わせられてよかったし、そういうことを考えなきゃいけない時期だったんだなあ。。というような気もしています。

…と、帰国して最初の記事がちょっと暗めになってしまいましたが^^;

しばらくは「中間にいる」の感じをもう少し楽しもうと思っています。

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January 30, 2007

これを日本語でなんと言う?

昼ごはん・夜ごはんと毎日「お別れ」が続いています・・・・。

今日は先学期の授業の学生Yさんがお土産にと塩辛セットを持ってきてくれました。おばあさんが塩辛の店を経営しているそうで・・・かきの塩辛、明太の塩辛・・・貴重品!1年分ぐらいあるんじゃないかしら×3という量のものを、よいしょよいしょと運んできてくれたこと、本当にうれしく、感謝です。

日本語を始めて10ヶ月のYさん。それでもお昼ご飯をはさんで2時間ぐらい、一生懸命話してくれて、かつ私も話していて楽しく、疲れなかった。それは彼女の人柄もあるけれど、相当の実力が身についているということですよね。

ご飯を食べてコーヒーを飲んで・・・名残惜しくも、次の用事があったので、お別れすることに。さあいよいよお別れという段になって「えーっと、えーっと」とYさん。

Y「先生、こんな時、日本語でなんていえばいいんでしょう?」

うーん。「さようなら」でもないし、「また会いましょう」というのも・・・・?本当に「さようなら」ではなくて、気持ちのなかでは「またね」、でも、それは確実な約束ではないことをお互いにわかっている「お別れ」に、日本語ではなんていえばいいんでしょう?

そういえば、「また会えますから、「さようなら」って言いたくないです」といって手を握ってくれたかわいらしい学生さんもいました・・・・^^

本当に言葉にできないこの「お別れ」をこの2週ぐらい毎日繰り返している感じです。

もう一つ別のお話。

日本に帰るたびに何冊か持ってきていた文庫本。そのときそのとき、気分に合ったものを空港の本屋で買ってくるのが習慣化していました。そのうち読んでいないものもあるのですが・・・^^;;大量に積まれていまして。。。本もかなり置いていくので、読んでいなかったものや読んで時間がたったものをいまさらながら慌てて読んでいます。

そのうちの一冊。須賀敦子『ヴェネティアの宿』『ミラノ 霧の風景』・・・。

韓国でなぜヴェネティア?ミラノ?と私の本棚の中でもやや浮いた存在になっていたのですが、韓国に来たばかりのころ、外国生活の先輩ドイツに住むRちゃんからの推薦で手に取ったものでした。イタリアで20年近く過ごした後われわれの母校で教鞭をとっていらしたという縁もあってか、勝手に身近に感じて一気に読んだものでした。

たぶん「外国」を眺める彼女の視線がとても凛としていてしっくりきたのだと思います。それがイタリアであれ、韓国であれ。それと、「外国人」であることゆえなのか、出会いとか別れとかに対してすがすがしくて、目の前を通り過ぎていくことに対してそのまま受け止めようとしているのが凛として映ったのか・・な・・・。

読み返してみると、また違うところが目に留まります。それが二度読みの面白さですね。

フランス生活を送る筆者のルームメイトとなった40代のドイツ人の元教師がなぜフランスに来たのか語るくだり。(「解説」でもとりあげられています)

「しばらくパリに滞在して、宗教とか、哲学とか、自分がそんなことにどうかかわるべきかを知りたい。いまここでゆっくり考えておかないと、うっかり人生がすぎてしまうようでこわくなったのよ」

AA の部分は人それぞれ思い思いのものを入れればいいと思うのですが。「うっかり人生がすぎる」という外国語をまさに翻訳したような感じのこの表現、この部分が今回は目に留まりました。先に進むことより、今、自分がしようと思っていた・・・とどう向き合っていたんだっけ?これからは?と「いまゆっくり考えておかないと」というのがたぶん今の私の気持ちに近いんだと思います。前読んだときには特に気に留めた記憶がないんですが、不思議です。

さて、残り2週間。荷物を送るたびに少しずつ身が軽くなる気がして、物事が単純になっていくのが、なんだか気持ちがいい気もしています。

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January 06, 2007

通りすがりのことば

荷物の大半は本なのですが、さすがに自宅に持って帰っても置くところはないし、送料もかかるし・・・・で、思い切って必要なものを選ぶようにしています。。。と、選んでもかなりの量ですが・・・。

雑誌や文庫などは学生さんに、教科書類は他の先生に・・・他にも専門書でシリーズでそろっているものなどは掲示板やオークションなどで売ってしまっていもいます。もともと古本を買うのも売るのも好きだからか、オークションなどに抵抗がないほうなのですが・・・個人情報を見も知らない人に知らせなくてはいけない、という点はやっぱり問題が生じる可能性もありますよね。

先日も、とある本を売り、名前等をメールでお知らせしたのですが、その相手の方(日本在住の方)から、「○○(私の名前)さん、もしかして○○に関する論文書いていませんでしたか。それ読みました。(以下内容に関してコメント)」とコメントが。まあ、苗字も珍しいほうだし、売った本もかなりマニアックなほうだったので、察しはつきやすいとは思いますが・・・・びっくりしました―。

ちなみに姉は以前オークションで私の小学校の同級生に会った(オンラインで)らしい・・・・。やっぱり苗字の力でしょうか。

今回の本の方も当時関連したことを研究されてたそうで、参考にしてくれたらしいのですが、世の中本当に狭いな・・・と実感しました^^;。

ちょうど、このところ、研究の方向性や手法でちょっと迷いが出てきたというか・・・、穴は掘ってはみたけれど果たしてここでいいの?という気持ちもあり、今までのは区切りをつけて方向転換をしたほうがいいかな、・・・うちの子がかわいく見えないわと後ろ向きになっていたところだったので、意外な人(というか、見も知らない人)の思わぬ反応に、自分の子供のいいところも見つけてあげようか、と肯定的に見ようかという気持ちもちょっと出てきました。(かなり現金ですね^^;)

よく話を聞いて助言をしてくれたり、私のことをよく知っていて話をしてくれる人の言葉にはいつも助けられているなあと実感するのですが・・・・

時として、たまたま出会った人の、私によかれと思っているわけでもさしてない、ある意味無責任な言葉が、受け手にとっては大きな意味を持ったりして、思わぬ効果を生むのだなあ・・・とふと考えました。

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January 04, 2007

二人分の思いつき

新しい年になりました―。ソウルでの年越しは初めてで・・・・

・・・・普通の休日でした(笑)。

テレビで有名人(フィギュアスケートの女の子とか)が鐘をついているのが放送されていたので、「除夜の鐘」という概念があるのかどうか・・・ただ寺自体が日本のように街の中にあるというより、山の中にあるもの、という感じだからか・・・・鐘が聞こえることはなく、新しい年を迎えました。

さて、年始のやり取りの中でも2月に日本に帰るということをお知らせしていたのですが、「どうして帰ってくるの?」というコメント・反応が多くて、あ―、そうか―、日本にいることのほうが「どうして?」なのか―、と今さらながら気づいたのでした^^;。(遅いか・・・^^;)「韓国にいる」ことより、「日本にいる」ことのほうが「理由」がいるのだなあ・・と。

帰るにあたっては、確たる理由があるわけではないのですが、去年の春ぐらいに、なんだか一区切りついてしまったような気が急にしてきて、「帰るか」が降ってきた、という感じでした。そんなとき、ふと思い出したのが、中学に入学したとき入学式で言われた言葉で、「皆さんはここを選んだのはなく、選ばれたんです」というような言葉でした。(ミッション系の学校だったので)当時はよく意味がわからず「へ?選民思想?」と勘違いをしていたのですが、今思えば、「自分で決めてきたのではなく定められていた場所だったのだ」という意味なのだろうと思います。まあ、そんな大げさなことではないような気がしますが・・・。

思い出してみると韓国に来たときも、「なんか行ったほうがいい感じがする」と、特に固い決意があるわけでもなく、そこにあったものに乗ってしまったという感じで、節目節目、・・・思いつきで行動してますね。

今回も、「じゃ」という感じで、まずは帰ることを前提にして、そこの軸は揺るがさないでいこうと思ったのですが、これは年のせいなのか、「なんか降ってきたわ」だけでは済まないことにしばらくしてようやく気づきました^^;;;。特にJ氏は私の思いつきに存分に振り回され・・・、結局本人の専攻であるパソコン関係の仕事に日本でつくため1年間研修を受け、1年後に日本に来てくれることになりました。思いつきが自分の行動だけなら、どう転がっても、「ま、いいわ」で済むのですが、ここまで他の人も巻き込んでしまうとは・・・・この事の重大性(?)に気づいたのもずいぶん時間がたってからなのですが。

本人は「そういえば、昔から日本で働きたかったような気がする」とどこまでが本当かわからないことをこれまたけろっと言っていましたが、よくぞここまで巻き込まれてくれた、と感謝しきりです。

「なんか降ってきた」と言って、大きな決断をしてしまうのは考え方の癖のようなもので、これからも変わらないような気もしますが、もう大人なんだから、他人への影響を考えねば^^;。韓国に来るときは一人分の思いつきが、日本に行くには二人分に(双方の家族のことを入れたらもっとか・・・)、その後また韓国に帰ってくるとは思うのですが(日本に帰るのも、韓国に戻るために荷物を積んでこよう、という感じがしているので)、そうなったら家族やもしや子供?などと考え始めると、二人分の思いつきでは済まないかも・・・^^;。

戒めというわけではないんですが、一応、メモのような気持ちでこのこと↑を書いておきたいと思います・・・^^;。

さて、2007年、すでに荷物に埋もれつつスタートしました。

昨年もたくさんの方にお世話になりました・・心から感謝です。

本年もいろいろとお世話になることと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

実り多き一年となりますように・・・・。

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December 29, 2006

うまずたゆまず

また出てきました。「うまずたゆまず」

冬休みのクラスで初級の作文を担当しています。

初級のシンプルな、単純な文の中に突如登場する

「うまずたゆまず頑張ります」

^^・・・・・・。

こちらにきてからこの「うまずたゆまず」に出会ったのは、1度じゃないかも・・・。初級の文型の中に登場するこれ、なんか好きなんですけどね^^;。他の文体との違和感、これは結構「詩的」かも、と思ってしまう。

原因は韓国語で使う「꾸준히」(こつこつととか・・・ぴったりした訳がないですね・・・。)の訳が「うまずたゆまず」って出ているんですね。私の持っている電子辞書(Primeが入ってる)でも「꾸준히」の一つ目の訳がこれ。今はほとんどの学生が電子辞書を持っているし、その電子辞書のバリエーションもそんなに多くない。同じメーカーの電子辞書を持っている学生からはコピーペーストのように「うまずたゆまず」が量産されてしまうんですね。

ところで、さっきBSでやってた「詩のボクシング」見てました。「ことば」で戦っている人を見るのは非常に気持ちよい!特に、その場で題が与えられて即興で詩を作ってた決勝戦は、詩が生まれる瞬間を見てしまった、という感じでおもしろかった!詩で戦っちゃおう、と・・・・これ考えた人、すごいな-。こういうシンプルな発想、いいな-。

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December 23, 2006

ことばが作る空気

教育大学院の卒業生と久しぶりの食事。みなさん、教員試験(この競争率は今年は20倍ぐらいだそうです)を終えて、一息ついているところ。このところ、「試験どうだった~」と、みんなに会う機会が続いています。

その日は2人だったので、気軽な食事。韓国語と日本語が行ったり来たり。相手が日本語がとても上手だと、「わからなくなったら日本語混ぜればいいや」とかえって気軽に話せたりもします。

不思議なことに、教育大学院のみなさんと会うと韓国語で話すことが多いです。学部生とは韓国語で話すことはまずないかも。(飲み会でふざけて話すことはありますが・・・^^;)別にポリシーというわけじゃないんですが、大学院生のほうがはるかに日本語上手なんだけど・・・、学部生には「日本語」を教えている、という感覚からか、なんか日本語で話してほしい、と思ってしまうんですよね。私の中途半端な韓国語もなんか学部生の前では恥ずかしいっていう気持ちもあったり。「日本語」を教えていると、やっぱり韓国語もちゃんと話さなきゃという意識がどこかにあるのかな。

逆に大学院生の前では、「日本語そのもの」を担当していたわけではないからか、あと教師というよりも同業者という感覚からか、同世代の友達(事実卒業生はたいてい友達化してる・・・)という感覚からか(実際話題も「最近疲れやすくなってるんだけど、なんかいい漢方薬ある?」とかそんな感じ^^;)、気軽に話せれば、変な韓国語でもいいや、という感じがどこかあります。

来た当初は韓国語がまったくできなかったので、みんな日本語で話してくれてたんですが、いつからかチャンポンに。それで、大学院生の方にああ「이제 한국말로 이야기할 수 있어서 너무 편해~」(これ、訳しにくいんですが、「韓国語で話せるから楽だわ~」という感じかな)と言われたときのこと、今でもよく覚えています。

この「日本語で話してくれてる」感が本当になんとも辛い時期がちょっとありました。気にしない人はたぶん全然気にならないし、別に気にすることでもないような気がしますが、私が話の輪に加わることで、日本語に話が切り替わる、「空気が変わる」という感じがなんとも申し訳ない、というかなんというか。今思えば日本語もみんなぺらぺらなんだし、気を遣ってくれてるっていうこともなかったんだと思うんですが、一瞬、ほんの一瞬なんだけど、空気が変わる感じが。

これも個人差もあるようです。私の学校に2人の日本人の先生が同時に去年いらしたんですが、一人の方が私が感じたようなことをちらっとおっしゃっていて大きくうなずいてしまいました。学生の輪に入ると「日本語を話さなきゃ」という空気が生まれて、学生に負担をかけているような感じがすると。もう一人の先生はぜんぜん気にしない。がんがん日本語で話しかけていく。

話したいことが言えない、とか単語が出てこないとか、というのは別に、この空気が変わる感じが、ひとつの「ことばが話せない自分・・・」を感じさせる要因(劣等感??)にもなるんだな、ということ。そういうことに敏感であった方がいいのか、別にそんな必要はないのか、はよくわからないけれど・・・。私の中に残ったその感じは、覚えておきたいし、日本語を教える上でどこかでそんなことを感じる人(学生さん)がいるかもしれない、ということは覚えておきたいような気がしています。

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