想像のちから
ちょっとしたきっかけで初めて会うことになった人の前で、緊張したのかうまく振舞えず「いろいろと失敗した・・・」と思っていたことがありました。
今日ある人からある人を介して、その人が私の失敗(のあとの態度)を好意的に受け止めていたことがわかりました。その場ではなんとなく気まずいなあ、というまま終わってしまったことだったので、二巡ぐらいして伝わってきたその話にひとまずは、ほっとしています。
昔読んだあるエッセイの中に、『自分に関する(悪いほうの)話に傷つくのは、ある人が自分を悪く言ったという事態そのものよりも、ある人が自分を悪く言っている様子をどうやっていっていたか、どんな感じで言ったのか、どんな表情だったのか、という想像。自分自身の想像力が傷つける』と書いてあったのを、思い出します。
このエッセイの文言に対して、例にあるような悪口といった類のものの例で、なるほど!というのはあんまりないのですが、すごく恥ずかしいと思った思い出とか、ほかの人から「~なんだって?」と言われたこととか、その事実そのものよりも、「周りの人は~だっただろうなあ」とか「こんな状況で噂が広まっていたんだな」といった想像が、恥ずかしさをあおりたてちゃっているところはあるような気がします。
というわけで、とりわけ噂話において想像力はマイナスに働いてしまうような気がしていたのですが、今回めぐりめぐって届いた「噂話」、うれしい気持ちも想像力がかきたてることも教えてくれた気がします。(ちょっと「その人」とか「あの人」とか指示語が多くて具体化できていないお話ですが・・・・^^;)





Recent Comments