August 25, 2007

その間びっくりしていたこと

8月も半ば・・・4月から書いてなかったのでもう4ヶ月も書いてなかったことになります。早い・・・。韓国にいたときに比べてPCに向かう時間が少ないからか、日々のことに追われていたからか、ブログを書くことも見ることもなんとなく放っておいてました。。。が、なんとなく気づいたことぐらいは書いておこうとも思い、記憶を頼りにメモとして残しておきます。

2月に帰ってきてはや半年。その間韓国に行くこと1回、Jさんが来ること1回。Jさん来日にあっては本人も家族も緊張していたみたいなんですが、どう考えても「日本語学習者、ホームステイに来る」といった感じで「これが『すし』よ」「これがお風呂よ。ゆ・ぶ・ね、わかる?」と家族中で熱がこもった指導をしていておもしろかった。

母としても「男の子の家族」が初めてなのに盛り上がり、歯磨き用のこっぷを準備するにあたって、「なんかブルー系の買うのってはじめてかも。ちょっとうれしい・・・」と妙に男の子っぽいのを買いながらかわいいことを言っていました。みんながこうやって「あたらしいこと」を楽しんでいけるといいですね~。

さて、みんなの緊張をよそに、私としては、「初日本」ということで、どんなものにびっくりしてくれるのかな、彼の目にはどんな風に写るのかなと期待していました。とりあえず気になったものを写真に撮って、とカメラを渡したところ、以下の3点。

「自転車置き場」

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↑理由:「自転車が大切にされているから」

「貯水池」

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↑理由:「こんなところに水があるとは思わなかったから」

「道路の・・・」

Sany07892

↑理由:「道路が命令している。。。韓国の道路は命令はしない」

けっこう観光地なども案内したつもりだったんですが、そんなものは気にもとめず(本当に一枚も撮っていなかった)、こんなものを見ているとは。特に道路が命令形であることには妙に反応していて、「命令形」って名称そのものを考える必要があるのだなあ、とこっちのほうが変に考えさせられもし・・・

・・・・まあこの調子で今後とも自分なりに日本を楽しんでいってほしいものです・・・。

反対に私が韓国に行ったほうはというと、慣れている風景もなんだか少し違うようにも見え、なんとも不思議な感じでした。もうぜんぜん知らないところのようにも感じるんだけど、行く方向とか行き方とかは足がしっかり覚えている、というような。でも、1週間ぐらいの滞在で、よく知っているところなのに、3回ぐらいぼーっと乗り過ごしたり、乗り間違えたりしていたので、相当浮ついた気分でいたのでと思います。あとは「ビビンネンミョン」(辛い冷麺)が食べたくなって三日連続一人で食べに行った自分にびっくりし、久しぶりにあった友達の日本語にますます磨きがかかっていて、何かの話で「ほんと溜飲が下がったわ」と言われその語彙にびっくりし(日本でもそんな語彙ずいぶん聞いていない。恐るべし韓国人日本語学習者・・・)、仲のよかった先生とこれは話し足りない、と2日に分けて会ったことにもびっくりし・・・行ってしまうと韓国ペースのうずに巻き込まれ、自分で漕がなくていいというか、流れに身を任せるのみ、っていう環境が「流れるプール」状態で気持ちよくもありました。もちろん、住んでいた当時は、この「流されっぱなし」に「ところで、ここ、どこ?」という状態になることもあったし、逆らおうとして力尽きるなんてこともあったので、期間限定の楽しみの部分もかなり入っているのでしょうが。

・・・と書き始めたらけっこうありました。日本に来たときも、それなりにびっくりしていた記憶はあるんですが、色が薄いという感じで、やはり韓国の色は濃いな~とも感じます。この、どちらにいても傍観する感じはしばらくは続いていくのかな・・・。

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March 19, 2007

バランスを保つ・崩す

2ヶ月近く間を空けてしまいました。

無事日本に着いています。

帰国の際は、ほんとうにいろいろな人にお世話になりました。帰国前の数週間、たくさんいろんな話に付き合ってくださった方々、温かく送り出して(?)下さった方々、ほんとうに感謝!です。それから、帰ったら連絡します、といっていたのに、帰国後の報告もままならない状態でごめんなさい。

帰国してもう1ヶ月以上たちました。最初の一週間は、事務的な手続きが多かったせいか、(役所関係が多かったですが)システムが整っているってすごい・・・、と細かいことにいちいち感動していました。「役所の人でも、人によって言うことが違う」という状況に長年いたせいでしょうか・・・^^;

次は、逆にそのシステマティック加減がえらく表面的に見えたり、お店のサービスの過剰さにびっくりしたりしていました。ちょうどその時期に韓国の友達がはやくも遊びに来ていて、彼女も言っていたのですが、お店で年配の女性がえらく丁寧に対応してくれると申し訳なくなってしまう、と。韓国のおばさんの親切さは、肩ばんばんたたきながら、おかずを多くしてくれるとかそういう感じだもんなあ。。

韓国語が聞こえてくると、反応してしまったり、今までたいして気にしてなかった、韓国のニュースとかも急に見出したりして、日本にいると急に「韓国にいました」っていう変な自己主張が騒ぎだすような気がします。韓国にいるときっと逆のことが起こるだろうし・・韓国と日本の中間にいる感じ。これはこれからもずっと続くのでしょう。

さて、そうこうしているのに、実はわたしにとって帰ってから一番大きい出来事でもあったのですが、今まで祖母の介護に多くの時間を費やしていた母が、耳鼻科がらみである症状が出てしまい、突然入院するこということが起きました。その前日まで介抱のために祖母の病院にいっていた人が、次の日には急遽自分が入院することに。「リハビリ」とか「コウイショウ」とか想像もできなかった言葉が先生の口から飛び出して私もくらくらしたので、本人はもっとだと思います。

離れていた4年間、表面上は何も変わっていないように見えたのですが、少しずつ変化は起こっていて…、一緒に生活して日々送る信号というのはやっぱりあるんだなあ、一緒にいないとやっぱり受け取ってあげられないものなのかな、どうなんでしょう。

元気であることは、ほんとうにぎりぎりのバランスを保っていて、成り立っていたのだなあ、と遅ればせながら実感です。バランスを保っていることのほうが、すごいことなんだなあ、と。そのバランスは本当に簡単なことで崩れてしまう。介抱する側もされる側もほんとうに隣りあわせで、ちょっとした拍子に逆転してしまったりもする。

病気自体はたいしたことないので、ここまで深刻になることはないんですが、なんだかこれをきっかけにいろんなことが頭を巡ってしまいました。「なんで日本に帰ってきたのか」というのは、いろんなときに考えるのですが、今回のことも、居合わせられてよかったし、そういうことを考えなきゃいけない時期だったんだなあ。。というような気もしています。

…と、帰国して最初の記事がちょっと暗めになってしまいましたが^^;

しばらくは「中間にいる」の感じをもう少し楽しもうと思っています。

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January 06, 2007

通りすがりのことば

荷物の大半は本なのですが、さすがに自宅に持って帰っても置くところはないし、送料もかかるし・・・・で、思い切って必要なものを選ぶようにしています。。。と、選んでもかなりの量ですが・・・。

雑誌や文庫などは学生さんに、教科書類は他の先生に・・・他にも専門書でシリーズでそろっているものなどは掲示板やオークションなどで売ってしまっていもいます。もともと古本を買うのも売るのも好きだからか、オークションなどに抵抗がないほうなのですが・・・個人情報を見も知らない人に知らせなくてはいけない、という点はやっぱり問題が生じる可能性もありますよね。

先日も、とある本を売り、名前等をメールでお知らせしたのですが、その相手の方(日本在住の方)から、「○○(私の名前)さん、もしかして○○に関する論文書いていませんでしたか。それ読みました。(以下内容に関してコメント)」とコメントが。まあ、苗字も珍しいほうだし、売った本もかなりマニアックなほうだったので、察しはつきやすいとは思いますが・・・・びっくりしました―。

ちなみに姉は以前オークションで私の小学校の同級生に会った(オンラインで)らしい・・・・。やっぱり苗字の力でしょうか。

今回の本の方も当時関連したことを研究されてたそうで、参考にしてくれたらしいのですが、世の中本当に狭いな・・・と実感しました^^;。

ちょうど、このところ、研究の方向性や手法でちょっと迷いが出てきたというか・・・、穴は掘ってはみたけれど果たしてここでいいの?という気持ちもあり、今までのは区切りをつけて方向転換をしたほうがいいかな、・・・うちの子がかわいく見えないわと後ろ向きになっていたところだったので、意外な人(というか、見も知らない人)の思わぬ反応に、自分の子供のいいところも見つけてあげようか、と肯定的に見ようかという気持ちもちょっと出てきました。(かなり現金ですね^^;)

よく話を聞いて助言をしてくれたり、私のことをよく知っていて話をしてくれる人の言葉にはいつも助けられているなあと実感するのですが・・・・

時として、たまたま出会った人の、私によかれと思っているわけでもさしてない、ある意味無責任な言葉が、受け手にとっては大きな意味を持ったりして、思わぬ効果を生むのだなあ・・・とふと考えました。

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January 04, 2007

二人分の思いつき

新しい年になりました―。ソウルでの年越しは初めてで・・・・

・・・・普通の休日でした(笑)。

テレビで有名人(フィギュアスケートの女の子とか)が鐘をついているのが放送されていたので、「除夜の鐘」という概念があるのかどうか・・・ただ寺自体が日本のように街の中にあるというより、山の中にあるもの、という感じだからか・・・・鐘が聞こえることはなく、新しい年を迎えました。

さて、年始のやり取りの中でも2月に日本に帰るということをお知らせしていたのですが、「どうして帰ってくるの?」というコメント・反応が多くて、あ―、そうか―、日本にいることのほうが「どうして?」なのか―、と今さらながら気づいたのでした^^;。(遅いか・・・^^;)「韓国にいる」ことより、「日本にいる」ことのほうが「理由」がいるのだなあ・・と。

帰るにあたっては、確たる理由があるわけではないのですが、去年の春ぐらいに、なんだか一区切りついてしまったような気が急にしてきて、「帰るか」が降ってきた、という感じでした。そんなとき、ふと思い出したのが、中学に入学したとき入学式で言われた言葉で、「皆さんはここを選んだのはなく、選ばれたんです」というような言葉でした。(ミッション系の学校だったので)当時はよく意味がわからず「へ?選民思想?」と勘違いをしていたのですが、今思えば、「自分で決めてきたのではなく定められていた場所だったのだ」という意味なのだろうと思います。まあ、そんな大げさなことではないような気がしますが・・・。

思い出してみると韓国に来たときも、「なんか行ったほうがいい感じがする」と、特に固い決意があるわけでもなく、そこにあったものに乗ってしまったという感じで、節目節目、・・・思いつきで行動してますね。

今回も、「じゃ」という感じで、まずは帰ることを前提にして、そこの軸は揺るがさないでいこうと思ったのですが、これは年のせいなのか、「なんか降ってきたわ」だけでは済まないことにしばらくしてようやく気づきました^^;;;。特にJ氏は私の思いつきに存分に振り回され・・・、結局本人の専攻であるパソコン関係の仕事に日本でつくため1年間研修を受け、1年後に日本に来てくれることになりました。思いつきが自分の行動だけなら、どう転がっても、「ま、いいわ」で済むのですが、ここまで他の人も巻き込んでしまうとは・・・・この事の重大性(?)に気づいたのもずいぶん時間がたってからなのですが。

本人は「そういえば、昔から日本で働きたかったような気がする」とどこまでが本当かわからないことをこれまたけろっと言っていましたが、よくぞここまで巻き込まれてくれた、と感謝しきりです。

「なんか降ってきた」と言って、大きな決断をしてしまうのは考え方の癖のようなもので、これからも変わらないような気もしますが、もう大人なんだから、他人への影響を考えねば^^;。韓国に来るときは一人分の思いつきが、日本に行くには二人分に(双方の家族のことを入れたらもっとか・・・)、その後また韓国に帰ってくるとは思うのですが(日本に帰るのも、韓国に戻るために荷物を積んでこよう、という感じがしているので)、そうなったら家族やもしや子供?などと考え始めると、二人分の思いつきでは済まないかも・・・^^;。

戒めというわけではないんですが、一応、メモのような気持ちでこのこと↑を書いておきたいと思います・・・^^;。

さて、2007年、すでに荷物に埋もれつつスタートしました。

昨年もたくさんの方にお世話になりました・・心から感謝です。

本年もいろいろとお世話になることと思いますが、どうぞよろしくお願いします。

実り多き一年となりますように・・・・。

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November 14, 2006

想像のちから

ちょっとしたきっかけで初めて会うことになった人の前で、緊張したのかうまく振舞えず「いろいろと失敗した・・・」と思っていたことがありました。

今日ある人からある人を介して、その人が私の失敗(のあとの態度)を好意的に受け止めていたことがわかりました。その場ではなんとなく気まずいなあ、というまま終わってしまったことだったので、二巡ぐらいして伝わってきたその話にひとまずは、ほっとしています。

昔読んだあるエッセイの中に、『自分に関する(悪いほうの)話に傷つくのは、ある人が自分を悪く言ったという事態そのものよりも、ある人が自分を悪く言っている様子をどうやっていっていたか、どんな感じで言ったのか、どんな表情だったのか、という想像。自分自身の想像力が傷つける』と書いてあったのを、思い出します。

このエッセイの文言に対して、例にあるような悪口といった類のものの例で、なるほど!というのはあんまりないのですが、すごく恥ずかしいと思った思い出とか、ほかの人から「~なんだって?」と言われたこととか、その事実そのものよりも、「周りの人は~だっただろうなあ」とか「こんな状況で噂が広まっていたんだな」といった想像が、恥ずかしさをあおりたてちゃっているところはあるような気がします。

というわけで、とりわけ噂話において想像力はマイナスに働いてしまうような気がしていたのですが、今回めぐりめぐって届いた「噂話」、うれしい気持ちも想像力がかきたてることも教えてくれた気がします。(ちょっと「その人」とか「あの人」とか指示語が多くて具体化できていないお話ですが・・・・^^;)

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October 08, 2006

絶対―相対

今学期はビジネス関係の日本語を担当しているせいか、敬語表現が頭の中をぐるぐるめぐってます。いったいなにがどうしたら「丁寧」なのか・・・。回路の配線があまりにも多くて、私はとても自分では考えようとは思いませんが、研究する人が多いのはわかる気がする・・・。もっともっと研究して整理してほしい・・・(←人任せ)

日本語と韓国語の敬語表現の違い(といっても私にはよく言われていること以上の違いは説明できませんが)の原稿を作っていて・・・日本語の相対敬語っていうのは、絶対敬語の国の人、韓国の人にはやはり理解が難しいだろうなあ・・・と改めて思う。他の会社の人前では自分の会社の社長を呼びつけ・・・、社長と二人のときはもちろん社長に敬語・・・これはなかなか難しい・・。

思ってみると、この「相対」と「絶対」という価値観(?)、敬語だけの話だけでなくて、いろいろなところに染み付いている気がする。私自身が感じる堅苦しさというのの要因の一つはこの「絶対」というものにあるのかも、とも。

そんなことをふと考えたのは、あるエッセイを読んでいたことなんですが、それは、(うろ覚えですが)

その筆者がフランスの修道院の近くに行ったときのこと。貧民街のようなところがあり、足の悪い女の子がいた。どこかの施設からか配られた簡易的な服を着ていたが、その服の生地には「私は恵まれない、哀れな、卑しい子です」と言った文句がプリントされていた。もちろんその文字をプリントしようということ自体が信じられないことではあるけれど・・・その子はフランス語を理解できるばっかりに、その言葉に苦しむだろう。言葉を知らなければ救われることもあったかもしれない。そう考えると、自分たちがよかれと思ってしている教育も必ずしも全ての人によいものとなるとは限らないのではないか・・・・

と言った趣旨のもの。かなり極論ではあるけれど、私としては、何か腑に落ちた。「自分のしていることなんてたいしたことないわ」と卑下する必要はないけれど、「必ずしもよい効能を生むとは限らない」「状況によって価値は変わりうる」という前提って実は必要なんじゃないかなぁと。絶対的に価値があるとは誰も言い切れない、ということ。

韓国に来たばかりのころ、どの場であっても「先生」であることを強いられてすごく窮屈だった覚えがあります。特に大学院は私よりも年上の人も多いし、私は教室を出たら逆に学生さんたちにいろいろ教わることが多いなあ、と思っていたのですが、周りの「教授」はそうではなかったようで・・・。「先生らしく」と何度も言われていて。学問の上では仮に何か教えることがあったとしても(また語学教師の場合少し違う気もするけど)、それが人生においての上下関係とは何ら関係ないと私自身は思うんですが(そもそもそんな上下関係ないし)・・・このあたりも「絶対」がどうも窮屈に感じた要因だった気がします。

「先生」つながりで思い出したんですが、大学時代の哲学だったかキリスト教だったかの先生(たしかスペイン人の牧師の先生。仕草がカメに似ていたので友だちとカメ呼ばわりしていたので、本名を覚えていない^^;)が、「コーヒーがここにあるとして、私は砂糖を入れて甘くすることはできない。私ができるのはそこに沈んでいる砂糖をスプーンでかき混ぜることぐらいです」と言っていたのを思い出しました。ここには先ほどの話とはちょっと違う要素も混じっていますが、このスタンスのほうが自分にはしっくりくる気がしています・・・。

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September 23, 2006

いるべき場所・その2

なかなかお互いの時間があわなくてあえなかったYさん&Iさんと恒例となった集い(?)。3年半前、教育大学院の学生さんとして出会ったお二人だけど、卒業した今は、よき友、相談相手。(学生と先生として会ってたときもそうだったかも・・・^^;。あぶなかっしかった韓国生活初期に会った教育大学院の学生さんには、かなり心配をかけ、面倒を見てもらってた・・・)

韓国で起きた「???」と理解できないこと、外国人だからおかしく見えるの?と泣きつくたびに、彼女らの「말도 안 돼~~~」(そんなの話になんないわ~。おかしいよ~)に何度救われてきたか。

そのうちIさんは、実はこの数ヶ月、大変なことが続いた。もともと在日韓国人の方との結婚をしていた彼女でしたが・・・、いろいろあって子どもさんとはもともと別々に暮らしていた。(夫婦は韓国、お子さんは日本に)その後ご主人の方で色々なトラブルがあり・・・、本当にいろいろあって、離婚することになった。(その間したくてもできない時期も続いていた)。子どもさんとはなかなか会えなくもなり・・・。

この問題が起きる前から、勉強を続けたいと博士課程に入っていたけれど、そんなこんなで勉強もままならなくなってた。いずれは日本に留学してお子さんのそばに行きたいといっていたのだけれど・・・学校もちゃんと通えなくなっていた。

その後ついに離婚することになったのだけれど、やはり韓国では「離婚した女性」というのは暮らしにくいらしい。しばらく悩んで・・・また「日本に行く」という案が浮上。

たまたま9月の中旬に開かれていた「留学フェア」にちょっと覗いてみるか、という軽い気持ちで行ってみた。

そこにたまたま日本の某国立大学の教授が説明をしにきていた。彼女が話を聞いてみると、その先生は日韓対照研究をしているとのこと、さらにあらたに学科ができたばかりで博士課程の外国人留学生の積極的に募集しているとのこと(おそらく政府のほうでいれなきゃいけない留学生の数が決まっているのだと思う)。まもなく行われる試験を受ければ、競争率も高くなくほぼ入れる状況なのだそう。しかもそこは場所的にも彼女のお子さんが住んでいるところにも近い!!

韓国人の学生が日本の国立の博士課程に入るのはなかなか大変で、こちらで博士課程を終えた学生でも、日本で研究生から始めて修士に入らなければならなかったりもする。そんな状況を考えれば、かなりの運がいいケースと言えるかも・・・・。

11月には試験を受けに日本に行って、4月まで日本で準備をすることになりそうとのこと。しばらく会えなかった間に彼女を取り巻く環境はまさに激変。急に色々なことが動き出した感じだ。でも久しぶりに本来の明るい表情で話してくれたのを見て、本当に本当によかったな・・・・と思った。

それまでに彼女のみに起きた本当に大変だったこと、これも少しずつ少しずつそこへと傾きだしていたということなのだと思う。それまで起きたことに対して、「神様、こんな苦難を与えてくださってありがとう!!」と言えるほど、私たちは現実に寛容ではないし、なる必要もないだろうけど、どこかに流れ、辿り着く過程で、何かひっかかる障害みたいのがあって・・・でもその流れ着くべき場所に着くためには、経なければならなかった過程だったということ・・・なのかな。

いつでもすぐ会えると思っていたけれど、Iさんの生活も動き出し、私もYさんの生活ももうすぐ動き出して・・・・、留まっていることってないんだなあ...と改めて実感。変わらないように思えていても、少しずつ傾いているってことなの・・・かなぁ・・。

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September 12, 2006

時間の長さ

9月はいって一回も書いてませんでした・・・。新学期、しばらくは落ち着かなさそうです・・・。

さて、ずいぶん前になりますが、この9月からサバティカル(研究休暇)でカナダに行く先生と話していたときのこと。

あ、余談ですが、この先生、日本語学が専門のお方ですが、サバティカルは日本じゃなくて、カナダ・・・・。家族皆さんでカナダに行かれるそうで・・。お子さんの英語の教育のためっていうのもあるそうです^^;。最近日本語関係の先生でそういう方多いそうで・・す・・。

さて、その先生、中学生のお子さんがいるんですが、出発間際になってお子さんが言い出したこと。

「カナダへ行くの・・なんかさびしい・・携帯電話のローミングサービスを申請したい~」

大人の目から見れば、カナダに一年!英語上手になるし、いいね~!という感じですが、もちろん本人もよくよくわかった上で、それでも、1年間もの間、今いる友達と何か「切れて」しまうのが寂しい、とか。今の子供にとって電話番号を失うっていうのがなんか「切れる」感覚に近いのかな。なんか「繋がっていたい」と思ってしまうんだろうなあ、と思います。

先生はそれを「高い!」「だめ!」と一蹴したそうですが・・・^^;

「一年なんかあっという間!」と思いますが、それはたぶん1年を何度も何度も積み重ねてきて、なんとなく「1年の長さ」を体感している大人の意見なんだろうな、と思います。子供にとって、1年先なんて全然見えないし、永遠にすら感じてしまうのかも。

そのうち、「1年でできること」とか「1年で変わらないこと」とか少しずつ覚えて・・「1年の長さ」を覚えて、「3年の長さ」を覚えて・・・少しずつ時間の長さを知っていくような気がします。例えば、私も2年ぐらいという感覚でぽんと韓国に飛び込んだけど、そのときたぶん私が知っていたのは「2年の長さ」だったような気がします。「3年」って言う数字はそのとき出てこなかったし、それこそ果てしない年月ような気がしていたかも。

こうやってすこしずつスパンを長く感じていけるようになるのかな、とも思います。しばらくしたら韓国に来て4年を終えて、そのとき「4年の長さ」というか「重み」をなんとなく感じられるようになるのかも。時間の物差しを近視のように間近で見ていた時期から徐々に俯瞰できるようになるというか・・・。私はまだ10年の長さを知らないけれど・・・・、きっともっと歳をとったらもっともっと遠くから眺められるようになって、そのうち「10年なんてあっという間よ」とか言い出すのかな。

逆に言うと「若い人」(この言い方ちょっと悲しいけど^^;)特有の危なっかしさって、この時間の長さを俯瞰できない感じに近い感じがします。一瞬一瞬しか見えてない感じ。

なぜ↑そんなことを感じたのかを今思い出したんですが、甲子園ですごい人気があった投手がプロ入りをしないで、大学進学を決めたというニュースを見たこと、でした。たぶん大人の「4年なんてあっという間よ」という感覚、「4年の長さ」はその彼にはまだわからないんだろうなあ、と。だとしたら、なおさら、その決断は大人が想像するより、大変だったんだろうなあ、と思ったのでした。

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August 25, 2006

ためている人

’ため時’というか、’かきいれ時’と・・’はきだし時’があるような気がする。

もちろんどちらも同時並行だったり、割と短期間に交代したりするので、はっきりとわけることはできないんだけれど、私個人はわりと二つがわかりやすい方だと思う。

どちらの状態がいいということはなくて、はきだしてばかりいると、「なんだかからっぽになりそう?」と不安になるし、ためてばっかりいるとなにしろ吐き出して成果を見ることができないから、「ほんとにたまってるの?」という不安もある。

さて、この間、久しぶりに「日本語でデートしよう~」というお誘いが。という声の主は、私が2年前ぐらいに、繁華街のお土産用のチョコレート屋さんに行ったときに会った韓国人の女の子。そこで働いていた店員さんで、当時のわたしは(今も?)かなりたどたどしい韓国語だったのだけれど、買い物のとき必死になって話しているうちに、努力を汲んでくれたのか、何となく仲良くなった。観光客として日本人も来るらしく、彼女もちょっとずつ日本語も勉強も始め・・・たまにお店に寄ったり、電話で近況を話したり・・という感じで続いていた。

さて、その後、彼女は’ため時’に入ったらしい。

というのも、その後、店を辞め、通訳ガイドのための日本語の専門学校に通い始めた、とのこと。朝9時から夜9時ぐらいまでびっちり勉強・・・・。それで、その成果を試そうか、ということもあり、「日本語の日を作って~」という電話が。

お店の仕事は楽しいんだけど、楽しい部分を突き詰めてみると、やっぱり接客が好きで・・何か助けてあげたりするのが好きで・・・日本語が好きで・・・ということで日本語の専門学校に行くことにしたとのこと。

彼女の話を聞くにつけ、ためている人が持っている、不安とか期待とか、彼女は今まさにしっかり持っているなあという感じがした。もちろん経済的に不安だし、家族に対する申し訳なさもあるし、本当に成果が出るのかっていう不安もあるし・・・・かつ、好きなことやってる、っていう自信もちゃんと見える。

社会人になると、ため専門になるのは、やっぱり難しいしリスクが大きい。たいていの場合はその折衷案をうまく考えていくんですが・・・・

それでもやっぱり私はそろそろためる時期に突入したいなあという気持ち、というか、その時期が迫ってきてるなという感じ、彼女と話しながら、ますます大きくなってきました。

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August 24, 2006

あたらしいルール

久しぶりの更新になってしまいました・・・。

その間忙しかったような、そうでもないような・・・、夏休み中は夏休み中なりにいろいろな用事が飛び込む気がします。

さて、この夏は仕事の時間があわず、日本に帰れなかったので、代わりに母&姉が食料配給もかねて先週末遊びに来てくれました。

女性3人の旅は何より気楽~。気負いなく食べ、歩き、お茶、食べ、歩き、お茶・・・・。

そして、母へのサプライズは、J氏の登場…^^;こちらに来て話をし、次の日には強制的に面会という強行スケジュールにも、持ち前の外面のよさと明るさで見事に対応してくれたと思います^^。

J氏のほうは「つまらないものですが・・・」を何度も練習し、お土産を持参、かつ食事をするところも、お茶を飲むところも下見をして待機・・・。が、会って食事処に行くなり、その店が日曜日は休みというハプニングもあり・・・(休日までは調べていなかった・・・)いきなりの試練でしたが、その後は全身で日本語を聞こうとして、聞かれたことは全て日本語で答えると言う大健闘でした。

一仕事を終えてのみんなの感想は、

彼は一生懸命に日本語を理解し、話そうとし、母と姉は一生懸命わかりやすく話そうと、また彼の言葉を一生懸命に聞こうとし・・・・その結果、妙な一体感に包まれていた…

終わったあと、何か妙な充実感に満たされた・・・「何か通じた」という…(←すでに違う方向・・・)

というもの。(私はと言うとその光景を傍観していた^^)

最後に写真でもという段になって、4人で一枚撮ったのですが、ちょっと斜めに並ぶという格好になり、J氏が一番前の一番大きく写るというところに立ってしまいました。ただでさえ体が大きいのに・・・うしろに小さい3人が張り付いている、といういびつな一枚に。

そこで母が一言。「あ~これから写真を撮る時にはJさん、うしろに立たなきゃね~」

何気ない一言だったのですが・・・

ああ、こうやって、あたらしい関係ができて、あたらしい関係なりにお互いがお互いを見つつバランスを取り合って、そのあたらしい関係のルールをひとつずつ作っていくのだなあ・・・となんだか納得。

会談(?)を終えて、われわれ3人は「いや・・・お疲れ・・・」という感じだったのですが、当のJ氏は「何か言ったらみんなが笑ってくれてうれしかった。楽しかった」とけろっとした顔。想像以上に度胸のあるところを見せてくれました。

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July 14, 2006

ふたつ目の名前・その2

ふたたび・・英語の名前とか日本語の名前の話になったのでJ氏に聞いてみた。

日本の名前つけるとしたら、どんな感じの名前がいい?

うーん・・・と考えた後で、

「きむら」(『HERO』を見て以来木村拓哉が気に入っているらしい)

じゃあ、下の名前は?と聞くと、

「やまもと」(『恋に落ちたら』を見て以来山本耕史が気になってるらしい」

「きむら やまもと」

・・・・。一瞬、けっこう面白いからこれでもいいか?とも思ったけど、「おもしろい」だけで変な誤解をさせてはいかん、と思い直し・・「両方とも性のほうだから、ちょっとよくないんじゃないの?もっと名前っぽいのを」と一言。

でも、日本の姓は韓国の人から見れば、果てしない数あるし、姓っぽいとか名前っぽいとかの感覚なんて難しいんだろうなぁ・・・・と思っていると、

じゃあ・・・とJ氏。

「おおだま」

・・・・・・・・・・・・・・・・・?おおだま?

解説をしてもらったところ・・・

J氏の名前には「珠」という字が使われていて、これは「たま」の意味があると聞いたことがある。それから「洪」という字も入っていて、これは「大きい」っていう意味。だから「おおだま」とのこと。

「きむら おおだま」・・・・・・・・・ざんしーん・・・・

ということで、二つ目の名前、決定。(この時点でもう、「姓っぽい」とか「名前っぽい」とかの説明をする気力失せる・・)

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July 07, 2006

物事には順番が

半年以上前から参加している日本事情関係の本が最終段階を迎えています。韓国人の先生を中心にした集まりで、3人の先生が前から作られてきたものに、「若い人、書いて」という部分は私が任されて、という形で進んできました。

そもそも日本事情って何か?という議論をすっとばしての参加だったので、かなり手探りで戸惑うこともあったのですが、ここでの指令は「気になる項目を、適当に書いて」という、なんとも大雑把なもの。とりあえずは、書いてきたものを見ながら、考えましょう、という方針のようです。

結局は一応項目リストを作って、原稿が揃っていない部分を書いてはいったものの、その時の方針とかもやっぱり「書いてきたものを見ながら考えましょう」。しかも、その日によって一つの項目に必要な情報の基準が違ったりもし・・・結局全ての原稿を集めた段階でばらつきがあり、全体的にボリュームがありすぎたため、結局は大幅に削減・・・・

ええっこれはあの時調べてこいとおっしゃたものでは・・・・・!?というものもざざっと消されていき・・・・まあよくするための作業に必要な作業なんですが・・・・じゃあ、始めからなしでいっていれば・・・と、よぎったりも^^;

ずいぶん前に日本企業(某家電メーカー)の韓国駐在員の方から聞いたお話ですが・・・

日本の企業のやり方は、商品を発売する前にモニターにモニターを重ねて、ゆっくりゆっくり欠点をなくしていって、ついに発売、とする。商品は完成度は高いけど、発売までに時間がかかる。けど、韓国の場合は、とりあえず発売。商品開発から発売まではかなりはやいらしい。それでクレームが来たら次の商品で直せばいい・・・

こんな違いがあるんだそうです。

今回の作業と全く同じ話ではないんですが、なんとなく、どの順番でいくか、というあたりに違いを感じたりもしました。全体像を共有するのに時間をかけ、あとは個人作業にするか、個人作業をやっておいて、最終段階で一気に整えるか・・・・。

前者は共有するのに時間はかかるけど、決まってしまえばあとは楽ですね。ただ、共有する段階では具体例がないので、話が抽象化してしまって、いざ具体的な作業をするときに結局はその基準があてはまらないこともある。できあがりとしてはまあまとまっている・・・かな。

後者のほうはとにかく最終段階でまとめるのがとにかく大変。ただ個人作業で自由な発想でできるので、思わぬアイデアやその時その時の考えを反映しやすい。

・・・・ふむ、どちらがよい、ということは言えないんですが・・・・

あと思い出した話をひとつ。

大学時代に舞台美術に関わっていたときのこと。小さな劇場でやっていたときは、適当にイメージをまとめて、設計図を組んで、実際に木材や塗料で組み立てていきながら、「これどう?」とか「これやったら面白そう!」をどんどん反映していけておもしろかった。・・・でだんだん大きな劇場になっていくと、セットもかなり大きいし、人でもかかるからその場その場の思いつき、というわけにはいかない。かなり綿密に設計図を組んで、指示を出していかなきゃいけない。そうすると、臨機応変ということはなくなってくるし、与えられたものを黙々とこなす「作業」ってなってくる。あと、指示を出す側が全体像をかなりリアルに描いていないといけないし、かつ、それを具体化して指示を出していかなきゃいけない。それには本当に「能力」が必要。指示を出す側に迷いがあると、無駄骨を何回も踏ませてしまう(何度その失敗をしたことか・・^^;)

「物事には順番が」・・・ほんと、どちらがいいということはいえないんだと思うんですが。ただ、なんとなく人それぞれ思い描く順番、身につけてる順番、ってある気がします。帰納的にいくか演繹的にいくか、そんな目から、いろんな作業を見ていくとおもしろいかもしれません。

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June 13, 2006

アナログな観戦法

昨日のオーストラリア戦、ほんと残念でした・・・。残りの6分、あれ?あれ?あれ?という状態で終わってしまいましたね・・・。あの状態で、精神状態を落ち着かせるのむずかしいんだろうなぁ。宮本選手の試合後のインタビュー、まさに声を失ってましたものね・・・

オーストラリアの監督はヒディング、韓国の英雄ヒディングってことで、こちら韓国は完全にオーストラリアサイドに・・・。

私は家で衛星で観戦してましたけど、なんかこの地の日本を応援してるのばれてはいけないような雰囲気すら・・・、今日の授業学生の反応どんなかんじなのか・・な・・

今日はいよいよ韓国戦です。今日は街が赤くなるんでしょうね~、とJ氏にサッカーの話題を振ってみても、あんまり反応なし。あんまりサッカーは好きじゃないそうです。「一つのボールを22人もの大人数で争うのがなんか・・・」とよくわかんない理由で^^;

だから、昨日の日本―オーストラリア戦も、どこかの居酒屋で観戦して盛り上がるということなしに、家でひっそりしてたらしい。ちなみに家にはテレビも、インターネットもつないでないので、状況を知る由もなし・・・

・・・が、昨日試合終了後、失意のまま(?)電話してみると、「日本3対1で負けちゃったでしょ―?」と的確な情報。

?????となっていると

近くの居酒屋から声が聞こえてきて、「3回すごい大歓声で、1回大ブーイングだったから」とのこと。

正解!

この観戦法、韓国ならでは?こんなアナログな観戦法も・・・あり・・・でしょうか・・・。

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June 11, 2006

スターバックスとフェアトレード

昨日、スターバックスに行って、ふと気がついたんですが・・・

スターバックスの販売用の豆、全部フェアトレードのものに切り替わっていたんですねぇ・・・。普通のものと並行して売られていたのは知っていたのですが、完全に切り替わったのには気づかなかった。日本のスタバもそうなっているんでしょうか・・・?

店内で売られている飲み物としてのコーヒーそのものは値段も変わっていないし、前のものと変わっていないかもしれないけれど...販売用の豆が切り替わっただけでもかなり大きな進歩ですね。消費者としてはフェアトレード商品は金額が高いのはそれなりに痛いけれど・・・、全世界で売られているスターバックスの豆の量を考えれば、フェアトレード商品が主流になるのは大歓迎するべきなのだろうと思います。

結局個人の活動で動かせるのには限界があって、やっぱり世界規模のチェーン店が動くか動かないかってかなり大きいことだと思います。チェーン店だから動かせることってありますよね...

何年か前にスタバの会長だか社長だかが書いた哲学本のようなものが出ましたが・・・(読んでないので内容はよくわかりません)同時に「スタバが世界の景観を画一化してしまう」という批判も出ていましたよね・・・

濃いコーヒー支持派としては、スタバなどのチェーン店が韓国から消えたら、コピと言う名の液体を飲まされてしまうので困りますが^^;

あと、韓国にきたてのころ、ハングルの洪水に疲れて、でもスタバに入ると、日本と同じ音楽が流れて、同じ風景、味で・・・ってことがすごい安心感だったことも覚えています。というようなことを当時、同じ頃上海に行った、Aに話したら、「それだからだめなんよ―」と一蹴された記憶もありますが(たしかに彼はものすごい勢いで上海に同化してた・・・)

・・・とスターバックスの世界制覇!? 功罪はありますが・・・

それだけ注目されるものが、営利主義だけじゃなく、フェアトレード商品を扱うようになったというのは、影響力大なんじゃないかな―と思います。

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April 27, 2006

鳥の目で街を見る

周りには、日本大好き、日本滞在経験あり、日本留学生活○年の「日本通」が多い。

横浜出身だと言うと、

「観覧車乗りました!中華街行きました!」

「山下公園よかったです」

「赤レンガ倉庫のあたりいいですよね」

「東横線伸びましたね」

等々、出てくる出てくる・・・。そんな人たちに囲まれていると、韓国の人が誰もが、日本のことをよーく知っているような、錯覚に陥ってしまうのだけれど、実際の一般の人は、「東京」と言う名前は知っているにしろ、東京と大阪の位置関係は分からないことが多いし、都市の名前だってすらすらでてくるものじゃない。ましてや「渋谷」「新宿」「池袋」なんてよく分からないことが普通だ。

私だって、韓国に来る前は、ソウルの位置を正確には知らなかったし、今、例えば「マレーシアのクアラルンプール以外の街を挙げろ」と言われたら出てこない。やっぱり行ったことがないところであれば、地名は頭にはそれほど残っていないし、街の雰囲気だってよく知らない。

隣の国とはいえ、日本と特に接点を持っていなければ、なかなかその街まで知ろうともしないし、雰囲気を知らないのは当然・・・。

これまで、日本と特に関係なく生活してきたJ氏もその中の一人。とうきょう?おおさか?どっちが上?という感じだった。当然、横浜も聞いたことはあれ、どこにあるか、どんなところかはほとんど知らなかった。

私の話の中に「よこはま」がよく登場するので、J氏もさすがに気になりだしたらしい。ある日、はたと思い出したようにインターネットに向かう。なんか、韓国語の日本紹介サイトとか地球の歩き方のような観光サイトみたいなもので横浜の写真でも見ているのかなあ、と思ったら・・・

1/20000とか1/75000とか書いてある・・地図。等高線が刻まれてるし・・文とか〒とかあるし・・・

それで、カチャカチャと、思いっきり引いてみたり拡大してみたりを繰り返した後、

「横浜は海まで近くて・・・海の近くに山もある・・・」と確認。そして、なにか納得したらしい。

・・・・・なにか横浜の全体像はつかんでもらえたんでしょうか!?

山下公園とか港の見える丘公園とか雰囲気とか・・・最近は赤レンガ倉庫とかもいいんですけど・・・・。

まあ、本人は見たいものを見たらしいのでいいですけど。町の見方って人それぞれなんですねぇ。たまには鳥になって上から街を見てみると、何か見えたりする・・の・・かな・・。

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April 21, 2006

春だからやり過ごせること

一ヶ月ぶりの更新です。

その間、さまざまざまなことがあり、2週間ぐらい日本に行ってきました。契約の問題でビザを作りなおさなきゃいけなかったためです。気づくのが遅かったのかもしれないんですが、外国人が外国にいつづけるためには、どこかに所属していなきゃいけないのだなあとつくづく感じた3月でした…

ともあれ、急いで出国しなければならず、入管から許可が下りるまで待機ということで、いつ韓国に戻れるのかよくわからないまま、ただ待つという状態で結局2週間。しかも、入管で必要な書類を送れ(しかも係員によって言うこと違うし・・)という思わぬ指令が来るかもしれないので、なんとなく落ち着かず、いつものようにがんがん外出する気にもならず...

いきなりぼんっと時間を与えられると案外思い切ったことができないもので、家→近所の図書館→駅前のドトールをぐるぐる回ってました。それだけでかなり満足。満足するのに必要な要素は私の場合この3つでかなり揃ってる気がする。

これが、歩いているだけで気持ちがいい春でよかったなあと思います。梅雨とかだったら気分が思いっきりめいっていたにちがいない。

時間だけは妙にあったので、毎日行く道を変えてみたり、散歩に結構な時間を費やしました。そこで思ったことは、「街づくり」ってけっこうなされているんだなあ、ということ。思わぬところに、花壇ができていたり(花壇ボランティアなんていうのもあるらしい)、小川が流れていてちょっと休めるベンチができていたり、図書館もかなり充実しつつある・・・うちの近所が区画整理をしているところだからかもしれないけど。数年前、いとこのTくんが地元の市の公務員になったとき、親戚一同「堅い仕事についたね~」と言ってましたが、いやいや、街づくり面白そう、公務員、いろんな可能性ある!と歩きながら思っていました。

・・・・・とぼーっとした時間も終わって韓国に戻ってきました。また気を持ち直して授業再開です。帰ってみたら中間試験期間でなんだか私のほうが頭切り替わっていない感じではありますが・・・。なんだかいつもと違うようにみえるものもあったりもして、ちょっとリハビリしつつ復帰を目指します~

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March 10, 2006

緊張の会食

機会があって、教授3人+出版社会長(とても有名ところ)+私で会食という機会に出くわしてしまいました。韓国料理なんだけど、フレンチのコースみたいな感じで、ワインと共に頂く。もちろん個室にて。

箸どうやって持つんでしたっけ!?

というぐらい、なんか緊張してました。こんなに緊張したのひさしぶり・・・

日本人同士だって緊張するのに、韓国語で話さなきゃいけないし、ずいぶん敬語なんて使っていないので、明らかに敬語の使い方間違ってました。、というか単純な文法もすらすら出てこない。他の教授の先生方も気を遣って、「ちゃんとしゃべれるかしら」と心配されてるのがひしひしと伝わってきて、緊張倍増。敬語化する「시」ってどこに挟めばいいんだっけ?と頭の中をハングルが駆け巡る。そうやって頭の中でハングルをパズルみたいに考えて文を作り出しちゃうと、もうすらすら話せなくなっちゃうんですよね・・・。たくさん単純なミスしたし…恥ずかしかった~。

ところで、今回の会食は会長が招待してくださるという形だったのですが、スマートなおごり方、おごられ方に慣れてない身としては、けっこう動き一つどうしたらいいのかしら!?という感じ。スマートなおごられ方、早く身に着けたいです。

逆におごり方も日本とちがうなあと思うのが、金額とかもばんばん言ってしまうこと。「これいくらいくらのコースね」みたいに。それで、みんなで「あらお得」とか「あら高い~」とか・・・。かえってそのほうが気持ちがいいものなのでしょうか。

ちなみに余ったワインはある先生がお持ち帰り~。もっともっと気楽にしようと思えば、もっともっと楽しみようがあるのかもしれないですね。う~ん修行が足りんなあ。

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March 05, 2006

元気が出る呪文

私が原因不明の腹痛に襲われているとき、J氏も「何かしてあげたい!」という衝動に駆られたらしい。

しばらく静かに考えていたと思ったら・・・

「はい、呪文!」と突然 J氏。

(じゅもんと聞こえたけれど、たぶんジュムンと言っていたんだと思う。呪文は韓国語でジュムン)

「あおいそら~ おおきいうみ~ おいしいさかな~」(日本語で)

……!?!?!?

とりあえず、知っている日本語の単語で気持ちがよさそうなのを並べてみたらしい。ちなみに最近日本語のクラスで形容詞を習った。

「おおきい」じゃなくて「ひろい」のほうがいいな・・でも「おおきい」も詩的でちょっといいかな、などとぼんやり思っていると

「はい、どうぞ!」(日本語:リピートしましょうの意味でJ氏がよく使う)という。

そこで、二人いっしょに高らかに

「あおいそら~ おおきいうみ~ おいしいさかな~」

「あおいそら~ おおきいうみ~ おいしいさかな~」

「あおいそら~ おおきいうみ~ おいしいさかな~」

と数回。

効果のほどは・・・・?

いい大人が天を仰ぎながら、↑の呪文。ものすごく爽やかで奇妙な光景だったに違いない・・・。

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あにいもうと

金曜日、朝起きてなにかお腹に変な感触が・・・

珍しく腹痛・・・。というか一日中気持ち悪いぃぃぃという状況になってしまい、授業も適当にやり過ごし早々と家に引き上げてしまいました。何かにあたったのかな。候補:前日食べた生牡蠣? 賞味期限ぎりぎりの卵? 同じく賞味期限ジャストの豆もやし(一袋一気に食べてしまった)?

ともあれ、寝たおしていたら、まあなんとか復活。

土曜日はJ氏&J氏妹と3人で会う約束をしていたので、ちょっと怪しい状況ながら一踏ん張り。J氏妹に会うのは初めてで、やはり緊張・・。

妹とは性格が反対とは聞いていたけど、思った以上に反対で笑えました。穏やかなJ氏に対し、妹は元気いっぱい・言いたいこともどんどん言うタイプ。J氏は男らしさがあまりにもないということで(年下の)女友達に「언니(おねえさん)」と呼ばれてしまうほどなのですが、反対に妹は豪快なので男友達を「형(男の人が年上の男の人を呼ぶ言い方)と呼んでいるとか^^;

会うなりJ氏の洋服、髪型、靴にだめ出し「こんなのダサくていっしょに歩けない~ワハハ」(まあ確かに気をつかわなすぎではあるんだが^^;)以降だめだしが続き、しばらくにこにこ聞いていたJ氏も「○○しなきゃ!」「○○はだめ!」・・・と続いたので、「そんなこと今言わないでもいい・・」としゅんとしてしまう始末^^;

とはいえ、高校卒業してから二人で地方から出てきている兄妹だし、ずっと助け合ってきたんだろうな~という感じ。いろいろ口うるさく言うのも、「お兄ちゃんが他の人の前で恥ずかしい思いをするのがいやだから」とのこと。

もう1つ。へぇと思ったのは、妹が兄に向かって、タメグチ(반말)を使わず~ですか/~ますか(~요?)を使っていたこと。(もちろんタメグチも混ざるんだけど)二人のときはタメグチなんだけど、他の人がいるときは、丁寧体を使うんだそうだ。というのは、「自分が兄に丁寧体で話し、敬っている気持ちを示せば、他の人も兄にそう接してくれるかもしれないから」とのこと。まあ、さんざんけなしたあとだったので私の前で使うことにどれぐらいの効果があるのかよくわからないけど・・・^^;。

そういう愛情のカタチもあるんだなあ。

初めて見る光景に90%ぐらい「きょとん」ではありましたが、なんかじわ~と染みてくるものを感じた一日でした。(はぁ~でもやっぱり緊張&疲れた・・^^;)

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January 29, 2006

いい-!夫婦

土曜日、ある日本語の先生友達の送別会を兼ねて、数人で知り合いの日本人の教授のお宅を訪問することに。おいしい焼肉からパンナコッタまでフルコースでごちそうになりました。

ご主人(日本語がどうしてここまで?というくらいペラペラ)も大学教授ということで、豪邸、セレブ!なのですが、お二人とも気取らず、素敵~でした。

ご主人の方が私が言うのも変だけど、「知的好奇心の塊」という感じの方で、その瞳は少年そのもの。特に料理とか食材に造詣が深くて、トマトがどこから来たかとか、コーヒーはブラジル原産ではないとか、次から次へと・・・面白いお話が・・・!(ケチャップが中国語だったって初めて知りました!)日本語の単語も「きび」とか出てくるし・・・。

趣味が高じて、「石焼パン焼き機」とか「豆乳マシーン」とか「手打ちパスタ製造機」とか買っちゃうそうで、奥様が「使わないのに買っちゃって困っちゃうのよね~」「うちが粉だらけになるから困るのよ」とにこにこ笑っていましたが、その二人の様子セットで「いいな~」という感じでした。奥様先生いわく趣味が高じて「食物社会学って授業作って、実習の時間に食べに行くのよ~」(ニコニコ)とか。ご主人先生すごし.ですね。なにか二人で一単位の面白さでした。

さて二人で一単位のいい-夫婦をもう一組ご紹介。といっても身内ネタで恐縮ですが。

私は子供のときから祖母と同居していたのですが、プラス、おじ(父の弟)も小3ぐらいまでいっしょに住んでいました。父が結婚にあたって新居を構え、母親(私にとっては祖母)を呼んだわけですが、その際なぜかおじもついて来ちゃったらしい。で、結婚がおそかったおじは結局8年近く、同居。(母は新婚家庭に何故弟?と思ったらしいが)なんというか、のんきな人のいいおじさんで末っ子の私のよき遊び相手になってくれていたのでした。(運動会などの行事には積極的にほぼ参加)

で、めでたく結婚後はもちろん家を離れたのですが、「長いこと世話になった罪滅ぼし」とボーナスの時には母、私たち姉妹をおいしいレストラン(おじの趣味が隠れ家的レストランを探す、なので)に招待してくれていました。

韓国に来てからも帰国時の「おじさんとのごはん」は決まった行事の一つ。今回の帰国の際も、でした。今回は

「東京の古いいい街並み見つけたから見に行こう~」

行き先は佃煮で有名な佃島。母も姉も忙しいと断り、結局おじ、おば、私の奇妙な3人組で向かいました。

佃島は長屋や路地の残っているなにか懐かしい感じのするところ。

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高層ビルの中に一地域だ<け開発されていない東京が残っているんですね。3人で何を話すでもなくぽつぽつと散歩して来ました。聞けば二人は佃島はお気に入りのスポットで、3回目とか^^;。他にも谷中など、少しずつ歩いては気に入りの場所を探しているそうです。

↓そんな二人。 SANY0591

歩幅が同じであれば、それでよし。これもまたいい~夫婦のカタチです。

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January 25, 2006

「学生時代」バトン

2005年から2006年にかけて大変化!の中の一人Mちゃん(君の一ヶ月からたくさんのこと学びましたよ~)からmixi上でバトンを受け取ったので、初・バトン。書いてみます。mixi上でやるから意義があるのか?という気もしなくはないですが・・・。記憶を掘り起こしてみます。

質問1●小・中・高の中で1番、思い出深い時期は?
やっぱり中高です。120人6年間一貫は濃密だった…。

小学校5.6年も捨てがたい。公立の学校でしたが、一つの教室で美術をしてる子がいたり、作文書いてる子がいたり、算数プリントしている子がいたり・・・今思うと北欧のフリースクールですか?というぐらい破天荒な先生。毎週寄席を開いたりして、各自落語、手品、漫談・・・を準備。芸事まで鍛えられました(笑)この先生については下に。

質問2●1番お世話になった先生は、いつのときの先生ですか?
これが・・・あんまり思い出せない・・・んですよね。これは私の中高生活で欠けてるところなんだろうな。しいて言えば中3のM先生かな。現国の先生。演劇の話をしたり、1対1で向き合って話せる先生だった気がします。

影響を受けたのは小5.6年生のH先生。賛否両論あったらしいですが、かなり変わった先生で、学生の能力を見出して徹底的にほめ、コンクールなどの機会を与え、鍛える先生でした。○○さんは美術、○○さんはバスケットボール、○○さんはピアノ、というように。今考えてみると、クラス全員分目配りしていたのかな?それに漏れた人とかいたとしたら辛いのでは?とも思いますが。?という部分はありますが、私はこの間、本を読んだり、文章を書くことを強く肯定してもらったし、文章に関する自信を与えてもらったと思っています。

質問3●得意だった科目は?
現国 古文

数年たって、なんで古文の品詞分解が異様に好きだったかわかりました^^。現代語の文法は、なんであんなにつまらなく教えられるんでしょう。謎ですねぇ。現国の教科書にあった詩は今でも思い出せるほど好きなものが多いし、百人一首を覚えたのも私は結構好きでした。

質問4●では、苦手な科目は?
数学、物理。

理解不能。二次元まではなんとか頑張れても、三次元は思考が止まる。ベクトルが出てきた時点ですべて終わりました(笑)「博士の愛した数式」とかも流行しているみたいだけど、考え方によってはロマンがあると思うんです・・けどね。もう一度違う観点から勉強してみたいですが。また教育批判ですが、私の数学嫌いは教え方の問題でもあるかも!(責任転嫁もはなはだしいですね^^;)

質問5●思い出に残った学校行事を3つあげてください。
1:高校2年 学園祭
催物の劇、好き放題やりましたねぇ^^;台本もはちゃめちゃに書いて、演出もはちゃめちゃでした。私もどろぼう役で数秒出演しましたね。楽しかった。評判はどうだったのかよくわからないけど、結構面白いことやってたと思うんだけどな。

2:毎日の礼拝 特に沈黙の礼拝

行事じゃないけど、思春期の女の子が800人ぐらい講堂に集まって、20分間ひたすら沈黙していると言う毎週水曜の沈黙の礼拝は今思うとすごいものがある気がします。いまだに黙っていても苦じゃないのはこの時の訓練(?)の賜物?私はこの時間は結構好きでした。眠かったけど。

行事としてはあんまり思い浮かばないですねぇ。学園祭、運動会は全般的に印象に残っています。剣道「班」の合宿も懐かしいし。あとは、もう何というか、あの日常そのものが懐かしい~です。

質問6●学生時代は、クラスではどんなキャラでしたか?
どうなんだろう?何か物事を傍観している感じだったんじゃないかな。淡々としている感じだったんじゃないですか・・ねぇ。どうなんでしょうねぇ。わかりません・・

質問7●学生時代の友達からの呼び名は?
苗字で呼ばれていました。女子校特有ですね~

質問8●好きな給食のメニューは?
スープ、シチュー系が好きでした。あと「ハムとチーズのはさみあげ」

質問9●学生時代に出会った友人は、
あなたにとってどんな存在ですか?
「○○らしいね」って言葉が出るくらい本質的なところをよく知っている人。

あとは「恥」を分け合っている友(笑)自分の記憶にない記憶を持っている存在。

このバトン渡す人>
F学園のみなさまの積極的な引継ぎをお待ちしています~

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January 20, 2006

いるべき場所

話題がちょっと古くなりますが、

「年賀状」というのは、いいシステムだな、と実感。「季節の挨拶」という枠を与えられないと連絡をとれなくなることって多い。新年の挨拶として、一年に一度ずつお互いの情報を更新するっていいなあとしみじみ。

さて、年賀状(正確には年賀メール)で久々に情報を更新したSさんの話。

Sさんは5.6年前日本で日本語教育の講座に参加したときの知り合いで、学校も全然違ったのだけれど、たまたま隣に座った、だったか連絡を取るようになった。私は当時はまだ日本語を教えたことがなかったのだけれど、アルバイトを紹介してもらったり、何かと縁があった。その後もしばらく数ヶ月に一回程度連絡を取り合っていたけれど、なんとなく途絶えがちになっていた。

その後縁あって韓国に来ることがあり、韓国でとある学会のパンフを見ていると、Sさんの名前が!びっくりして連絡を取ってみると、Sさん本人!そういえば、Sさんは私が出会う前に韓国に留学したことがあり、韓国語もとても上手。聞けばSさんも韓国の大学で日本語を教えていると言う。その後数回会うものの、Sさんがソウルから離れたところすんでいることもあり、再び途絶えがち状態に。

そして2005年の年賀状メール。Sさんは「大学を辞めて、日本に帰ろうと思う」とのこと。その理由は大学や、韓国に対してネガティブなことも書いてあり…。実際会ったのは帰国の数日前。もともとSさんは教育について強い関心を持っていたのだけれど、教育について考えれば考えるほど、韓国での教育観、大学のシステムがあわなくなってきて、苦しくなった、とのこと。教育つながりで北欧に関心があり、何度かスタディーツアーに行って知り合いもいることから、まずは一旦日本語教育から離れて一度3ヶ月くらいデンマークに行ってみようとのこと。Sさんの勇気と不安がすごく伝わってきて、半泣きになりながらお別れした。

そして2006年の年賀状メール。Sさんはなんとデンマーク在住の韓国人と結婚して、今は妊婦さんとのこと。あまりのスピードにびっくりしたけれど、とてもうれしいニュース。読んでまず思ったのはSさんの「いるべき場所」にたどり着いてよかったなあ、ということ。日本語教師とか、韓国とか、今のSさんの生活に関係ないと思われることであっても、全てその場所に何かつながっているのだなあ、と。

ストレスがたまったり、何かがうまくいかないときって、自分が「いるべき場所」に収まっていないときじゃないかと思うことがある。ちょっと運命論者っぽいのだが、それぞれの人に何か定められている場所があるんじゃないか、と思うことがある。幸せ!とか不幸!とかっていうのは絶対的に決められているのではなく、自分がいるべき場所にうまく収まっていれば、それで幸せ。その場所が一般的にいい地位かどうかは別問題だ。定められている場所とは違う場所にいようとして一生懸命いようとしてもがいている時は苦しい。難しいのはその「いるべき場所」がわからないというところで、だからおしりをもぞもぞと動かして(いい表現じゃなくてごめんなさい)、今いる場所のすわり心地を確かめるしかないんですが・・・^^;私は何かを重要なことを選ぶ時、「それはいいことか?得か?」と問うよりも、「何かに逆らっていないか?」と確認している気がする。頭の中に「いるべき場所」への流れみたいなイメージが何かあって、それに逆らっていないかなと考える。

これからちょっと、選ばなきゃいけないことが続きそうなので、頭の中にそんなことが浮かんでいます。

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老人に優しい国

年始年末を日本で過ごし、韓国に戻ってきました。日本で忘年会・新年会と称して、いっしょに食べて、飲んで、たくさん話してくれた友だちの皆さま、ありがとうございました!!「ひさしぶり~」から何のタイムラグを感じさせず、身の上話から社会問題までするするっと話せてしまう友達がいることに感謝・・・(拝)でした。たくさん、考える機会をもらったような気がします。

さて、ひさびさに日本に帰ると、逆にびっくりすることもいくつかあるんですが、今回最初の「びっくり」は、「老人が多い」でした。「高齢化社会」なので、そんなことは当たり前と言えば当たり前なんですが・・・。

例えば、最寄の駅までバスで行こうと思ってバスに乗ると、リュックサックをしょって、ステッキをついて、バスに乗っているおじいさん、おばあさんがえらく多い気がする・・・・。正確に言えば「街に出歩いている老人が多い」と言うこと。一瞬「歩くの大丈夫?」と思うような人でもさくさくとバスに乗って買い物に来ている。

逆に言えば、そういったハンディを持った人たちでも家に閉じこもるのではなく「今日は外に出て買い物に行こう」と思えるシステムが整いつつあると言うことなんだと思います。

バス一つとっても、バスのフリーパス(横浜市だけかな?60歳以上の人はフリーパスをもらえる)、ノンステップバス、シルバーシートが横になっていて座りやすくなっている、運転手はお客さんが席に着くまで出発しないで待っている・・・等々。

韓国との比較の問題でそう思ったのかもしれないんですが、日本ではそういった環境が一気に整いつつあるような印象を受けました。もちろん介護保険等の介護のシステムもぐっと便利になっているような気がします。もしかしたらシステムは変わっていないのかもしれないけど、一般の家庭にも情報が自然に流れるようになっていて、利用しやすくなっている。

高齢化問題を考えた時、介護!介護!と直接的にケアするのではなくとも、街を変える⇒「外に出よう!」⇒精神的に満たされる・足腰が鍛えられる・周囲の人と触れ合うことで情報量が増える⇒病気の予防OR病院通いが減る⇒医療費の削減 という「風が吹けば桶屋が儲かる」式介護ってあるのでは?とも思います(と、ここまで話は簡単ではないのでしょうが・・・^^;)

さて、韓国に帰ってきて街を見渡してみると・・・、老人が「外に出よう」とはとても思えないだろうなぁ、と軽く落ちてしまいました。福祉と国の豊かさというのは大きく関係があるんだろうな、と思います。それとも、「速く!速く!」の国だから風が吹いてから、桶屋が儲かるまで待ちきれない・・・、という忍耐力の問題・・・・!?

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October 05, 2005

貴重なおすそわけ

半月ぶりの更新となってしまいました・・・すっかり秋も深まっています・・・

****

今学期同じ授業を担当することになったJ先生(韓国人)。何かとご一緒する機会が多く、楽しい時間を過ごさせてもらっている。

13年の日本生活を経て、今年帰国なさったので、目下韓国に適応するため格闘中とのこと。先生の韓国での「ふにおちないこと」は「コーヒーの味がうすいこと」と「プレーンヨーグルト(ビヒダスとかブルガリアみたいな大きなパックの)がないこと」だとか。私が韓国に来て感じたことと全く同じだったので、なんだかおかしい^^。

先生は日本では朝ごはんはヨーグルト&コーヒーだったとかで、韓国のこの現況は危機的問題とか。たしかに韓国の朝ごはんは、ごはん、チゲ、キムチ、おかず、を食べる人が多い。パンとコーヒーというのは少数派らしい。私自身もパン・コーヒー・ヨーグルト好きなので、こちらの品揃えははっきりいって物足りない・・・。(特にぱん・・・)

そんな先生が日本から大事に持ち帰ったもの・・それは「カスピ海ヨーグルト」・・・。なんでも日本留学中、韓国に一時帰国するときも肌身離さず持って帰ってきたらしい。実は私もヨーグルト食べたさに株?を韓国に持ってきたことがあったのだけれど、日本に帰っている間にだめにしてしまったことがある。(花を枯らしてしまったようにちょっとさみしかった)

そこで、このたびめでたく、先生から株を譲っていただくことになった。再度、挑戦・・。今度は日本に帰るときも一緒に帰ろう・・・?先生は「万が一だめにしたときの保険ができてよかったわ~」とお喜びであった。何かとおすそ分けを頂くことが多いのだけれど、思いがけず貴重!なおすそ分け(この言葉がカスピ海ヨーグルトにはなにかリアル)をいただきました。

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September 17, 2005

「おはよう」は「らくちん」

職場のパソコンは韓国語ウィンドウズなので韓国語と日本語を切り替えながら使っている。言語バーでかちゃかちゃと切り替えながら使っているのだが、ときどきついていけなくなるらしく^^;かな入力とアルファベット入力がうまく切り替わらなくなってしまうことも。

「おはよう(キーの入力はOHAYO)」と入力しようとしたところ・・・

「らくちん」

・・・・・・・。

かな入力になっていたのですね。しかし、新鮮な発見!そうか・・・「おはよう」は「らくちん」なのかと一人感慨深くなった朝だった。

・・・ほかにも、面白いものがあるかも!?どなたか面白いのが見つかったら教えてください。

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September 05, 2005

プチ断食を試みる

代謝が悪いのか韓国に来てから肌荒れがひどいし、腸の調子も悪いし(^^;)、困った・・・と思っていたところ、ふと「断食」というものが思いつき、週末を利用して試みてみました。

いろいろ調べると、○○ジュースとか酵素なんとかとか準備が必要なようだったけれど、手続きに時間がかかっているとやる気を失いそうなので、シンプルに「水だけで何も食べない」というのを決行。

一緒に決行を決意した友達は、前日夜中の12時に「しばらく食べれないんだから」とカレーを食べ始め・・・・。体のためなのかすでによくわからなくなっていました。

まずは朝ごはんは抜き、水だけを。

次に昼ごはんを抜き。ハーブティーだったら飲んでもいいような気がすると言い出し、飲むことに。

そこで、買うもの(家具)があったので、夕方大型スーパーに行ったところ、目だけが食べ物を欲しがり、いつもだったら買わないジャンクフードをカート一杯に・・・。このころ気力まるでなし。帰って寝る。

夕方、確かフレッシュジュースだったら飲んでいいと書いてあったと言い出し、りんご+ももをミキサーにかけて飲むことに。このころ頭もかるーく痛くなる。

夜7時、一日の断食なんだから12時になったら買ってきた菓子(チョコ・クッキーなどなど)を食べてもいいはず、と友達。

夜8時、「でも9時を過ぎての食事は肥満の元だと書いてあった。12時になって食べるのはかえってよくない。今食べるべき」と友達が主張。私も目の前の菓子に負け、今回は夜は解禁することに。お菓子(キャラメルつきポップコーン)、お粥(翌日の朝食用だった)、チョッパル(豚の足、賞味期限が迫っていた)、海草サラダをすごい勢いで食べました。

おもしろかったのは、二人してあらゆる健康豆知識を動員して、楽な方楽な方に逃げようとしたこと。今回はかなりこじんまりまとまってしまったけれど、それでも翌日はなんだか体の調子がいい気が。次は朝までの完全断食・・がんばりたい・・・。

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August 19, 2005

手紙と時差

日本の家族から電話があり、私宛に小包が届いたと言う。中を開けるとヨーグルト。送り主は大学院時代の恩師からとのこと。

中にあった手紙によると、お盆にあわせて私が日本に帰国していると思い、お送りくださったとのこと。私が去年の暮れに韓国のはちみつを送ったのだけれど、それを食べながら、合いそうなヨーグルトを発見したので送ってくださったとのことだった。

先生(女性)は4年前(私は在学中だった)に定年退職されたので・・・70代・・・、発見→送る!というような軽やかさがあって・・・また学生、教師という壁を作らず「おいしいケーキを食べましょう」と誘ってくださるような方。在学中はもちろん、韓国に来てからも帰国の際には会う機会を作っていただいている。

ただ、この夏の帰国の際は慌しくお会いできず、韓国のお菓子を手紙とともにお送りしただけで、そそくさと韓国に戻ってきてしまった。

そこで、冒頭のヨーグルト。どうやら私が送ったお菓子が到着する前に送ってくださったよう。どこかの宅急便のトラックですれ違っていたかもしれません^^;

瞬時に届くメールの交換ではありえないような時差。ただ、知らない間に、私のことを思い出し、ヨーグルトを買って、宅急便の送付票を書いて、お手紙を書いて・・・・・・と手間をかけた時間分、相手を思う時間がある(物理的にも心理的にも)ということだから、本当にありがたく、嬉しい。

私も同じ頃にお菓子を送る準備をしていたということだから、お互い同じ頃に考えていたと思うと(先生と一緒にするのはちょっと失礼かもしれないけれど)ほほえましい気分にもなる。

・・・ヨーグルトは家族の手に渡っておいしく食されたそうです^^;

ちなみに、先生はなんと11月から2年間フランスで日本語を教えられるそう。以前1年間フランスにはいらっしゃってはいたのだけれど・・・。さすが・・・。最初はびっくりしたけれど、何か自然なことにも思えて、先生が新しい生活を始められることが嬉しくもあります。こういう素敵な方に会えたから、学生の私にとってこの仕事がどんどん魅力的に見えたんだということを思い出しました。

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